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2026年 5月 27日 時をかける少年少女

『 時は金なり 』
とはよく聞く言葉である。
お金を大切にする感覚は広く共有されている一方で、時間を同じ熱量で大切にする感覚は、思いのほか根づいていない。
この言葉とは、そうした人間の価値観を叩き直すために放たれた言葉なのだろう

『Time is Money』
かの有名なアメリカンの父、ベンジャミン・フランクリンが残した言葉が由来である。

 

しかし、考えてほしいのは、この二つに本当に等式が成り立つのかという事である。
厳密な数学ではないために、この言葉を単純に「時=金」と解釈していいのかという前提はさておいて、上について考えてほしい。

簡単に検証する方法は反対の矢印も成り立つのか、という確認を行う事である。必要十分、といえば面倒な数学好き達も見事なスタンディングなオベーションを披露してくれる事だろう。


『金は時なり』
聞きなれない言葉で、若干の違和感。止まっているエスカレーターを上る時のような、あの絶妙な気持ち悪さが脊髄付近をぞわぞわさせる。

 

お金で時間は買えない(この場合、過ぎ去った時を買い戻すことは不可能という意)ため、これは成り立たない。
時⇒金は良いとして、金⇒時は弾かれる。時の方がより限定的で、価値が高いのである。

 

つまり、我々が普段、何気なく過ごしている中で消費されている「時」というものの価値は、例の言葉で表せるほどに低くない。
我々が普段、苦渋の思いで消費している「金」よりも、もっともっと価値のあるものこそが「時」、つまりは「時間」である。

失った金はいくらでも取り戻せるが、
失った時はもう二度と取り戻せないのである。

 

――――――

 

こんにちは。白石人生です。

もう五月も終わりが見え始めまして、次は祝日の無い六月か、などと、さも一世一代のハードルを迎える前のような、そんな最近です。
年を取ると過去のことを忘れやすいと言いますが、私がもういくつの六月を過ごしてきたかなどという些事は、当然のように忘れてしまいました。
やっぱり一世一代なのでしょうか。

 

皆さまに置かれましては、大学受験というそれはもう正真正銘、一世一代の大行事を迎える大準備の真っ最中かと思いますから、私の些事とは比べ物にならない程に気合を入れて過ごしている頃でしょう。
若干二カ月後には「夏休み」というものもあります。ここは入念に、準備に準備を重ねて、準備を加速させていきたいところですね。

 

 

今日したいことは「時間の使い方」というお話です。
皆さんは華の高校生。勉学に部活に青春と、やることが盛りだくさんの、時間がどれだけあっても足りない時期です。
そんな皆さんに掲題のテーマを、大いに貴重なお時間を、お少し頂いて。

 

さて、皆さんが今、多くの時間を割いているのはどんなことでしょうか。
勉学でしょうか?部活?それとも、青春?
どれも非常に輝かしく、貴重で、かけがえのないものです。

しかし、先にもお話した通り、「時間」は「有限」。
しかもお金と違って、何かの手続きを踏めば「時間が増える」事なんてありませんし、もちろん、「使った時間を取り戻す」なんてことも出来ません。

皆さん、想像してみてください。一度使ったらもう戻ることはないと言われる大変貴重なアイテム、どう使いますか?
例えば、マスターボール。
何匹でも出てくるポケモンに使いますか、それともたった一度しか出てこないポケモンに使いますか、はたまた使わないで取っておく人もいるかも。

もちろん、マスターボールは使わずに取っておくことができます。
何なら、最後までバッグの中で眠らせたまま殿堂入りすることだってできます。

しかし、時間はそうはいきません。

使わないで取っておく、という選択肢がないのです。
勉強していても、部活をしていても、友人と話していても、スマホを眺めていても、寝ていても、ただぼんやり天井を見つめていても、時間は勝手に消費されていきます。

つまり時間とは、「使うか、使わないか」を選べるものではなく、「何に使うか」を選べるだけなのです。

ここも、お金との大きな違いです。

お金は使わなければ手元に残りますが、時間は使わなくても消えていきます。
いや、正確に言えば、何かに使ったことになってしまいます。

だからこそ、時間の使い方には、その人の生き方が出ます。

勉強に使った時間は、知識として積み重なります。
部活に使った時間は、経験として残ります。
友人と過ごした時間は、思い出になります。
休息に使った時間は、次に動くための力になります。

どれも、決して無駄ではありません。

ただし、ひとつだけ気をつけなければならないことがあります。

それは、本当に「自分で選んで使った時間か」ということです。

何となくスマホを開いた。
何となく動画を見始めた。
何となく机に向かわないまま一日が終わった。
何となく明日でいいかと思った。

これらは、時間を使ったというより、時間を使わされた状態です。

もちろん、休むことが悪いわけではありません。遊ぶことが悪いわけでもありません。むしろ、何もかもを勉強だけに捧げろ、などというつもりはありません。
高校生活は、勉強だけでできているわけではありません。部活も、友人関係も、家族との時間も、趣味も、何気ない帰り道も、全部ひっくるめて、皆さんの大切な時間です。

だからこそ、

その大切な時間を、何となくで失ってほしくないのです。

受験勉強において、本当に怖いのは「勉強していない時間」そのものではありません。
本当に怖いのは「勉強していないことに、自分でも気づいていない時間」です。

今日は少し疲れたから休もう。
これはいいのです。明日のために必要な休息です。

今日は部活を全力でやろう。
これもいいのです。今しかできない経験です。

今日は友人と話したい。
それも、きっと大切な時間です。

けれど、
気づいたら一時間経っていた。
気づいたら一日が終わっていた。
気づいたら一週間が過ぎていた。
気づいたら夏が終わっていた。

これだけは、避けなければなりません。

なぜなら、受験における時間は、あとからまとめて取り返すことができないからです。
先送りにされた時間は、残念ながら、どこかでまとめて返ってくるわけではありません。未来の自分が、過去の自分の分まで二倍の時間を持っているわけでもありません。

未来の自分にあるのは、未来の自分の時間だけです。

だから、今この瞬間の時間を、今の自分がどう使うか。
そこにしか、変えられるものはありません。

 

お金は、誰かから借りることができます。足りなければ、あとから稼ぐこともできます。
けれど時間だけは、誰からも借りることができません。未来の自分から前借りすることもできません。

だから、今日の時間は、今日の自分にしか使えない。
そして、今日の自分がどう使ったかによって、未来の自分の立っている場所は、少しずつ変わっていきます。

「時は金なり」

この言葉は、時間をお金と同じくらい大切にしなさい、という意味では少し足りないのかもしれません。
本当は、こう言うべきなのかもしれません。

「時>金なり」

 

皆さんが今持っている時間は、皆さんが思っているよりもずっと価値があります。
受験までの時間も、高校生活の時間も、友人と笑う時間も、悩む時間も、努力する時間も、全部です。

だからこそ、どうか大切に使ってください。

焦らなくていいです。
完璧でなくていいです。
ただ、何となく流されるのではなく、今日の時間を、少しだけ自分の意思で選んでみてください。
その小さな選択の積み重ねが、やがて、皆さんの未来を作っていきます。

 

皆さんは、時間をただ駆け抜けているのではない。
未来の自分に、時間を賭けているのです。

 

 

時を賭ける少年少女たちへ

いつか振り返った時
「あの時、ちゃんと使ってよかった」
と思える時間が、ひとつでも多く残っていることを願っています。

 

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