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2026年 1月 28日 物事全ては気の持ちようである

こんにちは。白石人生です。
二〇二六年も一カ月が経とうとしています。早い。
この分では昨年に感じたあっという間が、ぱっと見る間へと進化を遂げて今年もすぐに終わってしまうのではないかという嫌な予感がしています。
つまるところ今年は昨年以上に刹那的なのではないかというお話。大変に危惧しているところであります。
人は同じような生活を繰り返すと、日々が単調になり、新しく脳に入る情報が少なくなってしまうため、記憶として形になる出来事が少なくなり時間がすぐに経ったと感じてしまうそうです。
伝聞ですが。
日々難解な問題に向き合う大学生である私はもちろんですが、日々壮大な勉学に取り組む受験生である皆様方においても、時間がぱっと見る間に過ぎてしまっているのではないでしょうか。
きっとそうに違いありません。
そしてそんな日々はもうすぐ終わりを迎えようとしています。
ここまでお疲れ様です。
しかし、まだ気を抜かずに。最後まで戦い抜くことはやめないでください。
本日はそんな受験生方に向けて、どうやら過去二年もの間そんな生活を送っていた私から、ブログを送ろうと思います。
ここでサブタイトル
「受験とは比較可能性をもつ事象である」
大学入試とは、人生の岐路のひとつです。
しかし当人たちにとっては、この岐路が人生のすべてだと感じる事は無理のない話でしょう。
{ 客観的には(過ぎた人からすれば)そんなことは無く、受験での失敗などどうにでもなることは事実ですが、そんな話は置いておいて }
現に受験生の多くが、ここでの失敗は人生の失敗だと思い込んでいる事でしょう。
それには当然、身を縮こませるには十分な、重く冷たいプレッシャーがのしかかっている。
多くの人があとひと月足らずで真の本番を迎えるというのなら、幾年か昔に受験を終えた私にもその壮絶さが理解できるというものです。
ですから助言を。一つか二つか、少しだけ。
・共通テストが一番緊張する事
・地獄のような日々を乗り越えた人には、試験本番はやっと解放される天国へのヘブンズロードのように思える事
・同じくそんな人たちは、試験開始の合図で体の震えがぴたりと止むはずである事
・震えるほどの緊張とは、武者震い、その相応の道を歩んできたものにしか訪れない、いわば歴戦の証である事
・どうせ人生なんとかなる事
・最後に、共通テストが一番の関門であった事
比較可能性とは、異なるものを公平かつ客観的に比較できるようにする性質や状態を指す言葉であり、それは至る所に存在します。
そして間接的に受験にもこの「比較可能性」なるものが備わっているのです。
各試験での緊張度合いや、試験を迎えるまでの日々と本番、などなど。
こと「大学受験」と括られると、なんだか未知の強敵を前に足が地面から離れて不安定な心持になり、ふと恐怖心やらなにやらが襲い掛かってくるように思えますが、そんな事はないです。
今日までの日々や周囲、あなたの人生全てと比べる事が出来た時に、その気持ちの空回りに気づくでしょう。
なんだ、大したことないじゃない。と。
とはいえ、今は気づかなくても、大丈夫です。
きっとあなたには乗り越えられます。
一見、大きく、分厚い壁に思えるそれは、あなたの今までの人生ほどじゃない。
あなたのこれまでと比較してしまえば、それは取るに足らない事象でしかないのです。
では、上記のことを理解したところで、胸を張って、いつか襲われたはずの気を持ち直して、勉強に戻りましょう。
私はいつでもどこからでも、あなたを応援しています。
どんなに理屈や屁理屈をこねても最後
合格の秘訣は「気持ちで負けない事」です。






